桃太郎 [新訳版]

パブリックドメイン小説

作品データ

作品名:桃太郎
作品名読み: ももたろう
著者名: 芥川 龍之介
初出:「サンデー毎日 夏期特別号」1924(大正13)年7月
原作:青空文庫『桃太郎』

本の難易度:★★☆☆☆
読了目安時間:10分

本文

本作品は原作を読みやすいように改編したものになります。

桃太郎

 昔々、ある深い山の奥に、大きな桃の木が一本ありました。この木はとても大きく、その枝は雲の上まで広がり、根っこは地面の底の黄泉の国にまで届いていました。何でも、神様が黄泉の国に雷を追い返すために桃の実を使ったという、その時の桃の木だと言われています。

 この木は、一万年に一度花を咲かせ、一万年に一度実をつけます。花は真っ赤で、実もとても大きく、その中には美しい赤ちゃんが一人ずつ入っていました。

 昔、この木にはたくさんの実がなっていて、静かに日光を浴びていました。その実は千年の間、地面に落ちませんでした。しかし、ある朝、一羽のカラスがやって来て、その枝に止まり、一つの実を啄んで落としました。その実は雲の中を通り、下の谷川に落ちました。谷川は山々の間を流れて、人間の住む国へ続いていました。

 その後、この赤ちゃんが入っていた実は、どうやって人間の手に拾われたのでしょうか?それは、もうおわかりでしょう。この赤ちゃんが入った実は、あるおばあさんに拾われました。谷川の下流では、おばあさんが一人、洗濯をしていました。おじいさんは柴刈りに行っていました。

 桃から生まれた桃太郎は、鬼が島に行って鬼を退治しようと思いました。なぜなら、桃太郎はおじいさんやおばあさんのように働くのが嫌だったからです。その話を聞いたおじいさんとおばあさんは、早く桃太郎を追い出したくて、出発の準備をしてあげました。さらに、途中の食べ物として、黍団子も作ってあげました。

 桃太郎は意気揚々と鬼が島へ向かいました。すると、一匹の大きな野良犬がやって来て、桃太郎に声をかけました。
 「桃太郎さん、腰に下げているのは何ですか?」
 「これは日本一の黍団子だ」 桃太郎は得意げに答えました。
 犬は黍団子と聞くと、すぐに桃太郎のそばに寄ってきました。
「一つください。お供しますから」
「一つはやれない。半分ならやろう」
 犬はしばらく「一つください」と繰り返しましたが、桃太郎は「半分ならやろう」と言い続けました。結局、犬は黍団子を半分もらう代わりに、桃太郎のお供をすることにしました。

 桃太郎はその後、犬のほかに猿や雉も黍団子の半分をあげて家来にしました。しかし、彼らはあまり仲が良くありませんでした。強い牙を持った犬は、意気地のない猿をバカにします。黍団子の計算が早い猿は、もっともらしいことを言う雉をバカにします。そして、いろんなことを知っている雉は、頭の鈍い犬をバカにします。そんな感じでいがみ合っていたので、桃太郎は彼らをまとめるのに苦労しました。

 さらに、猿はお腹が鳴ると文句を言い始めました。黍団子の半分くらいでは鬼が島まで行くのは大変だと言い出したのです。すると犬は怒って猿を噛み殺そうとしました。もし雉が止めなかったら、猿はもう死んでいたかもしれません。雉は犬をなだめながら、猿に桃太郎の命令に従うように説得しました。しかし、猿は木の上に逃げてしまい、なかなか雉の言うことを聞きませんでした。結局、桃太郎が猿を説得しました。

 桃太郎は猿を見上げて、日の丸の扇を使いながら冷たく言いました。
「いいよ、じゃあついてこなくていい。その代わり、鬼が島を征伐しても宝物は一つも分けてやらないぞ」
 欲張りな猿は目を丸くしました。
 「宝物?鬼が島には宝物があるのですか?」
「ああ、何でも好きなものを出せる打出の小槌という宝物まであるぞ」
「その小槌で何でも手に入るのですね。どうか私も連れて行ってください」

 桃太郎は再び彼らを連れて、鬼が島へ向かいました。

 鬼が島は海の孤島でした。しかし、岩山ばかりではなく、ヤシの木が生えて、極楽鳥がさえずる、美しい場所でした。鬼たちは平和を愛していて、琴を弾いたり踊ったり、詩を歌ったりして暮らしていました。

 鬼たちの妻や娘も機織りをしたり、酒を作ったりして、人間と変わらない生活をしていました。特におばあさんの鬼は、孫たちに人間の恐ろしさを話して聞かせていました。
 「悪いことをすると、人間の島へやってしまうよ。人間の島へ行った鬼はきっと殺されてしまうんだ。人間というのは角が生えていなくて、生白い顔や手足をしていて、気味が悪いんだよ。おまけに嘘をつくし、欲張りだし、仲間同士で殺し合うし、火をつけたり泥棒をしたりするんだよ」

 桃太郎はこうした罪のない鬼たちに恐怖を与えました。鬼たちは「人間が来たぞ」と叫びながら逃げ惑いました。
 「進め!鬼という鬼は見つけ次第、一匹残らず殺してしまえ!」
 桃太郎は桃の旗を振り、犬猿雉に号令しました。犬猿雉は鬼たちを追いかけました。犬は鬼の若者を噛み殺し、雉は鬼の子供を嘴で突き殺しました。猿も鬼の娘を凌辱し絞殺しました。

 鬼の酋長は命を取りとめた数人の鬼と共に降参しました。
「特別に情けをかけて、お前たちの命を許してやる。その代わり、鬼が島の宝物をすべて差し出すのだ」
「はい、差し出します」
「さらに、お前の子供を人質として差し出すのだ」
「それも承知しました」

 鬼の酋長は、もう一度額を土へ擦りつけた後、恐る恐る桃太郎がなぜ鬼が島を征伐したのかと尋ねました。
「日本一の桃太郎は犬猿雉を忠実な家来にしたからだ」
「では、なぜ犬猿雉を家来にしたのですか?」
「鬼が島を征伐したいから、黍団子をやって家来にしたのだ。これでもまだわからないなら、お前たちを皆殺しにするぞ」

 鬼の酋長は恐れて後ろに飛び下がり、また丁寧にお辞儀をしました。

 日本一の桃太郎は、犬猿雉と人質の鬼の子供に宝物の車を引かせて、故郷へ帰りました。しかし、桃太郎の人生は決して幸せなものではありませんでした。鬼の子供は成長すると雉を噛み殺し、鬼が島へ逃げ帰りました。鬼たちは時々海を渡ってきては、桃太郎の家に火をつけたり、桃太郎が眠っているところを襲ったりしました。

 桃太郎は嘆きました。
「鬼というものの執念の深さには困ったものだ」
「やっと命を助けていただいた主人の恩を忘れるとはけしからん奴らでございます」
 犬も桃太郎の顔を見ると、悔しそうに唸りました。

 その間も、静かな鬼が島の海岸では、美しい熱帯の月明かりを浴びた鬼の若者たちが五、六人、鬼が島の独立を計画して、ヤシの実に爆弾を仕込んでいました。優しい鬼の娘たちに恋をすることも忘れて、黙々と、しかし嬉しそうに大きな目を輝かせながら・・・

 人間が知らない山の奥にある雲を突き抜けるような桃の木は、今でも昔のまま、たくさんの実をつけています。もちろん、桃太郎が入っていた実はもう谷川に流れていってしまいました。しかし、未来の天才はまだその実の中で眠っています。あの大きなカラスは次にいつこの木の枝に現れるのでしょうか?ああ、未来の天才はまだその実の中で眠っています・・・

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